いけばなは、天地人

個性的な花は、好みが分かれます。どれも正解がないのが、いけばなです。

花はいけたら人になる。その人の「今」が現れますね。

流派やスタイルによって少しずつ違いますが、古典的な「いけばな」など、基本の形をいける時は多くの場合、「3本の主な枝と、それを引き立てる複数本の枝」で構成されます。

3本のメインの枝の長さや入れる角度も、決まっています。古流では、「真受流」。私の習っている草月流では「真副控」と呼び、それぞれの長さに応じて「天地人」と見立てられ、それぞれに意味があります。その3本の枝が、不等辺三角形を形作りながら、円を作りそこに宇宙を表現しています。

いけばなの、「空間」は、何もない場所だとか、本数が少なくて寂しい空間ではなく、いかに心地よい緊張感があり、調和がとれた空間となるように構成していくのです。

 

古流では、天(陽)の枝は、「天の徳」にふさわしい表現、地(陰)の枝は「地の徳」に応じた表現、人の枝は、「天と地の間にある、現世に生きる人の有り様や活動の様子を描く」と考えるそうです。

天と地の間に生かされている人間が、いかに調和をとって生きているか、その生き様をみせる、大事な枝です。

少ない本数の枝や花をいかに生かし、いける器・場所・空間そのものに行けた人の生き様や宇宙を表現する。

いけばなというと、女性がお花を優雅にいけている、楚々としたものというイメージがあるかもしれませんが、いやいやどうして、非常に哲学的で一本一本を真剣に選び抜く真剣勝負なのです。

 

人間が力づくで自然(植物)をコントロールすると、いい花にはなりません。いかに花の心を聴き、その声に従って無心になって手を動かせるか。もちろん、これでもか!というくらい自分を前面に出し、試行錯誤してくんずほぐれずする時間も大事。どんな気持ちになり、汗をかくか?を体感することで、見えてくるものがあります。

人間関係や対人支援でも同じですね。自分の思いや熱意で相手を支えたり動かすのではなく、まずは相手の声を聴くこと。必要な情報を整理し、人や場をつなぐパイプになること。

とはいえ、ついつい自分が前に出てしまいますね。花をいけるたびに、はたと気づかされます。

 

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