手を出さずに、目をかける。

涼しげなラインダンス。イッセーミヤケのお洋服みたいですね。

私は、OLとして2年働いた後、「どうしても、自分で人生を選び直したい!」と思い、福祉の専門学校に社会人入学しました。

小学生までは、超優等生で、お勉強もそこそこできるし、毎年学級委員もそこそここなす。(笑 ずば抜けているわけではない)親や先生の期待は裏切らない、いわゆる扱いやすい子、でした。

でも、ズ〜っとモヤモヤしてたのですよ。枠の中に、いい感じで収まっている自分が、つまらない。窮屈だ〜自由になりた〜いい!って。

中学からは、優等生でいる必要が全くなくなり(周りにユニークで優秀な人がいっぱいいたから!井の中の蛙に気づいた!!)楽しかった反面「自分の狭い枠」に気づき、「行儀よく、真面目なんてクソ食らえと思った!(by 尾崎豊)」

とはいえ、親の庇護のもとに暮らすうちは、自由にはなれない。と思って(決めて)いた気がします。

いつか、自分で稼げるようになったら・・・

 

と思い、実現したのが、退職→専門学校入学。でした。

2年間の学生生活は、大きな価値観の変化(価値観が崩壊した!)がありました。生まれ変わったのではないか?というくらい、ガラリと変わりました。

ある日の授業で言われた「障害のある人や子どもの支援をする人間は、手を出すな。目をかけろ」という言葉が、20年以上経った今でも、私の仕事、子育て、コミュニケーションの全てに影響しています。

 

それまでは、自分の生育環境が価値観の基準だったため、「子ども、夫、姑のためには、無になって支える。言われる前にものを揃える。」が染み付いていました。

本人(相手)がどう思っているか?何を望んでいるかを聞くより前に、自分が良かれと思ったことをする、というのがよし。「世間から見て」、恥ずかしくないような、良い母、良い妻、良い嫁。良い父、良い企業人がよし。

そうか、私の違和感は、「これ」だったのか!
良かれと思ってやってくれることが、価値観を押し付けられる、枠にはめられるようで窮屈だった。世間体を気にして、ちゃんとすることが、窮屈だった。

 

大きな気づきでした。

 

その後、就職し、地域で暮らす障害者やご家族の皆さんと出会い、この言葉をかみしめる場面がたくさんありました。

ある時、上司から言われたことが、今でも私の生き方の指針です。

 

「代わりに自分が動くことは簡単。でも障害のある人の生きる力を削がないためには、良質の情報・選択肢をできる限り集め、本人が必要なものを自分で選ぶ力をつけるサポートをしなさい」

この言葉は、仕事ではもちろん、我が子の子育てでも、いけばな教室を始めてからはご指導をする上でも、とても大切な理念になっています。

人は皆、自分で考える、選ぶ力を持っています。どんな人生を歩みたいか?迷いながら、失敗をしながらいろんな経験を味わうために生まれてきています。

親や、先生、先輩が「良かれ」と思ってその人のベストを伝えてくれても、それはその人の「ベスト」でしかありません。何を大切にしたいかも違います。

それなのに、その「良かれ」と思ったアドバイスの範囲でしか評価しない、そこからはみ出さないように「躾ける」としたら、相手の可能性を狭めてしまいます。

先を行くものとしてできることは、相手により多くの質の良い情報・選択肢を提供することと、自分の本当の思いに気づくよう、手を放して見守ることだと思うのです。

 

相手が「自分より低いもの。能力の劣っているもの」として、知識を授けるのではなく、相手の可能性・能力を「信じて手放す」ことが良いリーダー、先達、伴走者なのです。

これは、花をいけるときにも言えることです。

花の本来持っている力を見出し、その美しさを最大限に生かす。そのためには、花をいける人間の狭い価値観や「よし、良いもの見せてやる」といったエゴをすておき、その感じた良さをそのまま形にする。
ついつい、人間の小さな頭でコントロールしてしまいがちですが、本来花の持つ美しさは私たちの思考を超えたところにあります。信じて自分を託すことでやっと辿り着けます。周りの方と楽しくおしゃべりし、花の香りでリラックスしながら花と一体となってふわっといけるのが、コツかもしれません。

 

そろそろ世代交代なのかな。そう思う場面に多々遭遇し、自分の中のトラウマが湧き上がってきたので、改めて書いてみました。

いつになくとりとめのない文章になってしまいました。最後までお読みくださりありがとうございました。